東日本大震災発生に伴う災害派遣
東日本大震災において復興支援活動を行ったアルファーアビエィションの生徒さんに対して、当校独自に賞賛し、感謝状と訓練フライトを贈呈いたしました。
下妻運航所において、教官、整備士、訓練生の前で、当校代表斉藤より感謝状を受け取った生徒さんは、「今後もまだ被災地への派遣はありますが、仕事も訓練も頑張ります。」と話してくれました。
このたび東北地方太平洋沖地震により被災されました方々に
心からのお見舞いと一日も早い復興を深くお祈り申し上げます。
「東日本大震災発生に伴う災害派遣」
3月11日に突如となく発生した東北地方太平洋沖地震発生により、被災地にて災害復興支援、捜索救助、救出活動に従事してまいりました。
地震当日、航空従事者の学科試験に向けて勉強中、それは突然やってきました。職場の決まりにより、規定の震度に達していたため急遽自宅へ戻り、数日分の身支度等を持参、当然鉄道もストップしていたので自転車で帰宅困難者を掻き分けるように国道を通って職場へ集合。職場では徐々に態勢が整い、いよいよ本格稼働が開始されました。職場からは次々と現地への派遣任務が下され、私もその中の一員として何度か短期の輸送や派遣任務に従事しながら、大規模な派遣に向けての準備と調整を行っていました。そして、今回の派遣任務が本格的に開始されました。
早朝、総員数百名、車両数十台、いよいよ派遣部隊として出発、東北自動車道を北へ走行し夕刻現地宿舎場所に到着、任務交代、引継ぎを行いました。
翌朝早朝から本格活動が開始になり、私は通信担当として任務に従事しました。円滑な部隊活動のために、活動拠点を選定し、無線通信で報告、連絡、指示を行うという派遣部隊の生命線を担う役割で、言うならば、「管制」と言ったところでしょうか。
それぞれの部隊が数キロ離れた所で多数の無線機を使って連絡をとりながら活動していました。
活動場所では陸上自衛隊、海上自衛隊と合同で、市内の瓦礫除去を行いながら、行方不明者の捜索、救出活動を行っていました。毎日10人位ではありますが、何とか救出することが出来ました。
「早く家族等と再会させてあげたい。」 その思いでいっぱいでした。
被災地での活動で、移動中に必ず地域住民の方々が、私たちに深々とお辞儀をしている姿をよく目にしました。私たちも敬礼でそれに応え、さらに気持が引き締まった時の記憶があります。
「がんばろう日本!」 正にその通りで、空から、海から、陸から、各方面の人々が復興のために懸命になって活動をしている姿がよく分かり、私もその中の一員として活動してまいりました。次の派遣の予定がありますが、これからも頑張っていきたい。
私は、このような状況下で、操縦士の資格を得て、今後その分野を職としてやっていくために、努力をしているところであります。なかなか思うようにいかない現実もありますが、打ち勝つために、宿舎に戻って仮眠を摂る前には必ず少しではありますが、持って行った教材に目を通すようにしていました。
現役で活躍しているパイロットの方々が必ず言っていた言葉 「絶対に諦めないこと!」
私もその言葉を胸に刻んで行こうと思います。
そして近い将来、私もその言葉を次の後継者に言えるように。